フィル・エクルントは、

・Bios:Genesis/MegaFauna/Origins(バイオス3部作)
・High Frontier(ハイフロンティア)
・Pax Pamir/Emancipation(パックスシリーズ)


を代表作に持つスウェーデン人のゲームデザイナー

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Bios:Origins(バイオス:オリジンズ)をプレイさせてもらい、
「このデザイナーの頭の中はいったいどうなってるんだろう」
と強い興味を持ったため、記事化することとした


想定する読者は、
・Bios、シエラマドレ、ハイフロンティアってフレーズを聞いたことがある
・上記作品群がどういう意図のもと作られたどんなゲームなのか知っておきたい

くらいの方

―――

〔1〕基本情報

〔2〕インタビュー
 (1)デザイン全般

 (2)Bios:Genesis 
 (3)Bios:Megafauna 
 (4)Bios:Origins 
 (5)High Frontier
 (6)Paxシリーズ
 (7)テストプレイ、ルール観、科学主義とボードゲーム







〔1〕基本情報
エクルントはアリゾナ大学で航空宇宙工学を修了したロケット工学
現在60代程度だと思われる
スウェーデンのストックホルム在住
いわゆる兼業デザイナーで、1992年シエラマドレ・ゲームズを設立
シエラマドレは科学、歴史、先史、環境史の教育に関するファミリーゲームを作るレーベル

代表作は以下

1988年:Lords of Sierra Madre/シエラマドレの領主たち
1997年:American Megafauna/アメリカンメガファウナ
2010年:High Frontier/ハイフロンティア
2011年:Bios:Megafauna/バイオス:メガファウナ
2012年:Bios:Origins/バイオス:オリジンズ
2012年:Pax:Porfirianaパックス・ポルフィリアーナ
2014年:Greenland/グリーンランド
2015年:Pax Pamirパックス・パミール
2016年:Pax Renaissance/パックス・ルネッサンス
2016年:Bios:Genesis/バイオス:ジェネシス
2018年:Pax:Emancipation/パックス・エマンシペーション


とても長いリストだが、
Bios:Genesis/Megafauna/Originsの地球3部作
High Frontier=宇宙航行モノ
Paxシリーズ=歴史モノ

の3系統に大別される
なお、エクルント作でもっとも人気なのはPax Porfiriana(2012)で462位
デビュー作のLords of Sierra Madre(1988)をアレンジしたもので、1910年のメキシコ革命がテーマ
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Pax Porfiriana(2012)
ボックスアートは革命当時のメキシコ国旗で、現代と微妙にデザインが異なる


2020年、同じくストックホルムに拠点を持つIon Game Design(イオン・ゲームデザイン)と合併
イオンはもともとリードデザイナーのジョン・マンカーを擁する7-8人規模の会社で、エクルントは2人目のシニアデザイナーとして迎え入れられた
シエラマドレの屋号自体は、イオン:シエラマドレ(ION:SMG)の重量級レーベルとして残すとのこと

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Expedition Zetta(J.Manker,2018)


なお、息子のマット・エクルントも兼業のゲームデザイナー
昼間はアリゾナ州で検事をやっているとのこと
マットの代表作は父との合作のPax Porfiriana(2012)と、単独でのPax Transhumanity
(2019)

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Pax Transhumanity(2019)


【表記】
Eklundはスウェーデンが起源のハウスネーム

カタカナではエクルンドと表記されることが多いが、筆者が聞いた感じエクルント、ないしはエックルントに聴こえるため、本記事ではエクルントと表記する
公式表記が存在するならそちらに表記を合わせる可能性がある




―――――――――

〔2〕インタビュー

(1)デザイン全般

ボードゲームのデザインを始めたきっかけを教えていただけますか?

子どものころ、何かにハマる人は多いと思う。
特定のメディアとかアートフォームが、なぜか大好きになってしまったり、熱中してしまったりする。
私にとってはゲームデザインがそれだったんだ。
普通に近所の友だちとゲームするのも好きだったけど、思い返すと、ただプレイして楽しんでいた時期は本当に一瞬だった。
物心ついたときから、何かを組み替えたり、追加するのに熱中していた。

「シエラマドレの領主たち(1988)」が最初に出版したゲームだ。
もっと昔の未出版のものもあって、たとえば、友達と一緒に手作業で印刷した複葉機のゲームとか。スター・トレックや密輸人がテーマのゲームとかも作ったね。こういうのは中学生くらいからずっと好きで、今でもゲーム作りのテーマに選ぶことがあるよ。



ゲームプレイとデザイン、どちらが好きですか?


デザインだ。
私はゲームプレイは好きだけど、あんまり上手じゃないんだ。


ゲーム作りで何より面白いのはね、再現なんだよ。
諸要素を組み合わせて、テーマにした時代の人々の視座、意志、動機のありようを再現する。
これが何よりも魅力的なんだ。
あとは、作ったゲームを遊んでもらうのも好きだ。
多種多様な人格を持つプレイヤー、テスターはどう反応し、どうプレイするのか。
そういうのを見るのも楽しい。

あと、僕のゲームは、砂場遊び(サンドボックス)のような特徴を持つ。
砂場ではどんな遊びをしてもいい。
サンドボックスのなかで起きたことは外部環境や現実世界とは一切の関わりがない。
できるだけ自由度を高く作って、プレイヤーに自由に遊ばせるんだ。
好きな方向に好きに進んで、欲しいものを取る。
環境のなかでプレイヤーたちが何を選ぶのか。
その結果ゲーム/歴史がどのように展開するのか。
これを見るのがいちばん楽しい。
勝敗も大事といえば大事だけど、こういったプロセスに強い興味を抱いているんだ。

 

(2)Bios:Genesis

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バイオス:ジェネシスは2016年に出されました。
その翌2017年には2版をキックスターターで開始されています。
このあたりの経緯を伺えますか?
どうして1年で版を改めたか、また、キックスターターを選んだ理由は?


ちょっと長い話になる。
まずアメリカン・メガファウナ(1997)のリメイクとしてバイオス:メガファウナ(2011)を作った。
そのあとに、バイオス:メガファウナとオリジンズ:人類の起源(2007)を統合してバイオス:オリジンズ(2012)が生まれた。

そのあとジェネシスに至るんだけど、
「バイオス:ジェネシスを第1作とし、改めて3部作シリーズとしてBiosを位置づける。
ジェネシスを出したあとはメガファウナとオリジンズの2版を出して、各ゲームをコンティニューしてプレイできるようにする」

上記がキーコンセプトだった。
自分のなかではこれまでにない実験作だった。
かなりハードルを上げて、納得がいくまで作り込んだ。
実際2016年に完成したわけだけど、オリジンズ初版から4年もかかっている。
テストはだいたい1000-2000戦はやったね。
楽しかったけど、とても苦労したし、ハードだった。

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で、何個生産するかを決める段になって、
「ゲームとしては間違いなく面白い。
でも、どれくらいの人に刺さるだろう?
これはちょっとまともな個数は売れないんじゃないか」

と見積もったんだ。
テーマの難しさ、とっつきづらさだがその理由だった。

ジェネシスは、生命の起源を基にしたゲームなんだけど、テーマが生化学なんだ。
バイオケミストリー。
恐竜やキリンはみんな大好きだけど、分子鎖やアミノ酸はどうだろう…?
ちょっと尻込みしちゃうよね。専門用語もやたら複雑だし。


「まあこのテーマでこの重さだし、焦らず1~2年かけて完売すればいいか」

と思って、気持ち多めくらいで刷ったんだ。

でもこれが本当に早く完売した。
2016年のエッセンシュピールでお披露目予定だったんだけど、僕が会場に到着する前に、ほんとに瞬殺で完売しちゃったんだ。
小売店は動揺していた。
というかほぼキレていた。
売る仕事がなくなっちゃったわけだからね。

「とりあえず初版のフィードバックを踏まえてジェネシスの2版を今作っています。
良いものになりそうです、あと今後はきちんと多く刷ります」

と説明して、どうにか場を納めてもらった。


で、なんでキックスターターというプラットフォームを選んだかだね。
これはシンプルで、マーケットの需要がわからなかったからだね。
・重ゲーを遊ぶ層のうち、どれくらいが関心を示すのか
・旧版を買ってくれた方のうち、何%くらいがアートとルールを変えた新版を買ってくれるのか
・新しくBiosシリーズを知った人をどれだけ巻き込めるのか

このあたりを把握するのが目的だった。


ジェネシスの制作エピソードをもう少し伺えますか?
ゲームの内容など?


いちばん難しかったのは、プレイヤーのアイデンティティの付け方だった。
プレイヤーは何がしたい何者なのか。

 バイオス:ジェネシスは本当に変わったゲームで、プレイヤーは生命体を担当しない。
各プレイヤーは脂質核酸色素アミノ酸といった、細胞内物質を担当する。

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有志のアップグレードトークン
リン脂質、二重らせんのDNA、色素(?)、アミノ酸


プレイヤーの担当要素によってできること、機能が異なる。
ときに協力し合ったり、敵対的に何かを奪い合ったりする。


また、自他の境界があいまいなのも大きな特長だ。
たとえばたまたま相手プレイヤーの生命体を飲み込んで、自分の組織に取り込むことがある。これは単なる貪食ではなく、内部共生体*という、より
複合的な、ハイブリッドな有機体になる。
プレイヤーは単に飲み込んで有利になろうとしていただけなのに、より状況が複雑化するんだ。

*内部共生体/endosymbionts
ある細胞に別種の細胞が取り込まれて共生すること。葉緑体やミトコンドリアなどの細胞小器官は、元は内部共生体だったとされている。

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あとはゲームバランスと史実との整合性を取るのも苦労した。
はるか昔、海底火山の高温下で生命が創発した。
科学再現を重視するなら、生命が誕生する確率はかなり低く絞る必要がある。
でも、絞りすぎたらゲームバランスが崩れる、運ゲーになってしまう。
テンポよく最初の生命を創発させたラッキーなプレイヤーがいち早く拡大再生産を開始、他全員は置き去り。
そんなゲームにしないために、かなりタフに調整する必要があった。

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科学的に未解明な事象が多いのも制作を難しくしていた。
・原核生物と真核生物がどちらが先か
・RNAの元になったような物質は存在したのか
・RNAワールド*は実在したのか

*DNAを主媒介としている今の世界を指して、分子生物学でDNAワールドと呼ぶことがある


ゲームに取り入れたい要素は無数にあった。
でも、全部入れようとしたらハイフロンティアを軽く超える究極に重いゲームになってしまう。
できるだけ絞って、タイトに仕上げるのがいちばん大変だったね。


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(3)Bios:Megafauna


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Biosシリーズ2作目である「バイオス:メガファウナ」、およびその前身のアメリカン・メガファウナについてお話を伺えますか?
テーマはどこから持ってきたか?
バイオス:ジェネシスとくっつけるために改変した部分など?

メガファウナは本からアイディアをもらった。
三畳紀の歴史についての本を読んでいて、「これはゲームになるために存在する一節だ!」と叫びたくなる瞬間があった。
三畳紀は2億5000万年前の時代区分で、その前のペルム紀に大量絶滅が起こったんだ。

たくさん動物が死んで食物連鎖の再編が起こったんだけど、原始哺乳類と原始恐竜がちょうど対等な力関係で、優位性を競って激しく対立していた、と本には書いていた。
ここからメガファウナは生まれたんだ。

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写真は別デザイナーのパンゲア(2019)で、ペルム紀の大量絶滅をテーマとしている


哺乳類も恐竜もキャッチ―なテーマだ。
恐竜が嫌いな男子は探す方が難しい。クマやキリンだって人気だ。
遊び手の感情を自然に動かしてくれるから、ジェネシスよりは断然ゲームに落とし込みやすかった。

メガってタイトルだけあって、プレイヤーの主目的は担当種族のサイズを大きくすることだ。
サイズアップして、捕食しやすく/されにくくなりながら、最終的には生態系の頂点にを目指す

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2版を作るときはまず、
「せっかくなら映える生物種だけじゃなくて、すべての生命を網羅したい」
と考えた。
昆虫も、植物も、菌類も出したかった。
気候や居住可能性に関するパラメータを組み込んで、生態系をゲームのなかで構築しようとしたんだ。
史実に忠実にすると、特に環境に適合的なものもあれば、覇権は取れそうにない弱い種族もあった。
ただこれはボードゲームだから、ゲーム開始時では完全にフラットな状態にして、「どの系統もこの惑星の覇権を取れる可能性がある」という風にデザインした。

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2版で植物や菌類を出すなら、各系統の分類方法も変える必要があった。
バイオス:メガファウナでは脊椎動物しか出さなかったんだけど、で分類していた。
恐竜の歯の最大の特徴は定期的に生え変わることだ。サメとかと同じだ。
哺乳類は永久歯を持つ。
メガファウナの2版は、もっと幅を広げて作ろうと思っていたから、歯ではなく、最終的に骨格による分類を選んだ。
内骨格(人間や哺乳類など、よくある骨格)
外骨格(昆虫、カニ)
水中骨格(棘皮動物、クマムシ)
細胞骨格(植物、菌類)

プレイヤーはこの4種の骨格のうちどれかを担当する。
どの種族の最終目標も、
「肺を作って、好気呼吸を獲得したい。
呼吸で莫大なエネルギーをブン回して、肉食獣として生態系の頂点に立ちたい」

だ。
それぞれの骨格には強み、弱み、クセがある。
カンタンには攻略できないように作ったよ。

あとは、2版でのUIの調整として、ジェネシスとメガファウナで、生命体に必須な4要素を同じ色で統一した。
それぞれのカラーは、メガファウナ/ジェネシスで記すと、

感覚器(眼、鼻、耳、神経系、脳)/アミノ酸

循環器(心肺、筋骨格系) /脂質

消化器/色素

生殖器/核酸


この4色はジェネシスではプレイヤーカラーだったが、メガファウナではプレイヤーが獲得する能力として扱われる。
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メガファウナ2版には拡張モジュールが付いていると伺いましたが、そのあたりのお話も伺えますか?


火星と金星でのマップとシナリオもある。
もし火星や金星に生命が誕生したとしたら?
それはどういったもので、どういう分岐進化を遂げ、どうなっていっただろうか?

という疑問をベースにしたSFだね。
上級者向けの、シビアな気候モジュールもある。
オリジナルルールだと対戦相手だけ見てればよかったが、気象モジュールを入れるとジェットコースターのように環境が激変する。
激しい気候変動にも適応しながら生存競争しないとならない、マゾい方向けの拡張だね。
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火星マップ

あと、メガファウナのいちばんの面白さって突然変異なんだけど、2版では突然変異をかなり起こりやすくした。

突然変異が起きると、プレイヤーは2択の分岐進化先を選べる。
たとえば、エレクトロロケーション(電気定位)を取れる。
電気定位は実際にバクテリアなどが持つ能力で、電場によって外敵と自分の位置関係が把握できる。
電気定位を突然変異させると、エコーロケーション(反響定位)に発展させられる。
反響定位はクジラやコウモリの持つ能力だ。
声帯から超音波を発して、海底や洞窟の反響を感知する。
どこに何があるかを把握して、海中のオキアミや洞窟内の蚊といった相当小さな獲物の場所まで定位できる。

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あるいは、別な分岐進化をたどれば赤外線センサーも獲得できるかもしれない。
センサーがあればガラガラヘビが持つような暗視能力が得られる。

2択を選ばせるのはメガファウナに通底する構造だ。
感覚器に限らず、頭やしっぽといったビジュアルも分岐進化でプレイヤーに選ばせている。
プレイヤーのセンス次第で、かなり自由度が高くキャラをカスタマイズできる。
昼間は光合成して暮らすおとなしい植物だが、夜になったら好気呼吸を開始して肉食活動を開始する
そんなハリウッド映画級のモンスターも作れるかもしれない。

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眼の誕生
感覚器が突然変異を経ながら進化していく過程がわかりやすく描かれている
本記事のような話題が好きな人には勧められる



(4)Bios:Origins

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オリジンズは3部作の完結編です。
20万年前の地球で、

・ホモ・サピエンス

・ネアンデルタール人

・デニソワ人

・ホビット(ホモ・フローレシエンシス)

の古代人類のいずれかを担当し、繁栄を競います。
制作エピソードなどを伺えますか?

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オリジンズの制作でいちばん思い出深いのが、マップの作り方だった。

「アメリカ大陸は、シベリアにいた人類も、ヨーロッパ側にいた人類でも発見はできたはずだ。
どちらからでも渡る可能性を持たせた、正確な地図を描きたい」
と思っていた。

今の学説では、アメリカ先住民インディアンの祖先は、シベリア経由で渡ってきたとされる説が有力だ。
しかし、アメリカ東岸ではヨーロッパ側のミトコンドリアDNAが見受けられることから、
「ヨーロッパから渡ってきた人類もごく少数いたのかも」
とも考えられている。


オリジンズでは、氷タイルの除去タイミングによって、シベリアにいるデニソワ人でも、ヨーロッパにいるホモサピエンスでもアメリカに上陸できるように作った。

このマップを作ってるときに、「グリーンランドってすごく面白いぞ」って気づいたんだ。
原始人類の航海術だと、大西洋を横断なんて絶対できない。
だからヨーロッパからアメリカに漂着するには、必ずグリーンランドを経由する必要があった。

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中央の白い土地がグリーンランド
ノルウェー→アイスランド→グリーンランド→カナダと刻んでいくルートが現実的と思われる



史料は発見されていないが、たとえばシベリア側から来たデニソワ人と、ヨーロッパ側から来たホモサピエンスがグリーンランドで出会う可能性があったと私は考える。
デニソワ人はホモサピエンスから分岐した亜種だとされている。
1万年以上前に分岐した東西人類が、木も生えていないグリーンランドで最初で最後の再会をする。
そして海と氷で途絶された孤島に取り残されて、どうにかして生存する術を探す。
もはや文学だ、ここからプロットが展開する未来しか見えない。

ゲーム作りのために調べものをしていると、こういう思わぬ発見をよくするよ。

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(5)High Frontier

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「ハイフロンティア」
が私のいちばんのお気に入りです。
普通の重ゲーをやるときは、勝敗がいちばん気になるんですが、ハイフロンティアってそういうゲームじゃないんですよね。
誰が勝つかとか、何点取るかってあまり大事ではなくて。
前やったとき、同卓した友人が、終盤にひときわパワフルなソーラーセイル*を完成させたんですよ。
そこからはもう、勝敗なんて半ば無視して、コストを踏み倒して内太陽系を飛び回る快感の虜になっていました。


*ソーラーセイル
フォトンセイル、太陽帆、宇宙ヨットとも
ロケットを用いない非ロケット系の移動手段
ロケットエンジンと比べて推力が小さいが、太陽光で動くため料を消費しない
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ソーラーセイルのメカニクスをそんなに気に入ってくれたなんて嬉しいよ。
非ロケット系の挙動を、ロケット系と同じマップ上で成立させるのには本当に苦労した。
加速スピードから燃料の消費量まで、何もかもが違っていたからね。
とても難航したけれど、最終的には「物理的な距離ベースじゃなくて、消費燃料を基準にマッピングすればいい」とひらめいたときは最高だった!雷が落ちたような瞬間だったよ。

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(6)Paxシリーズ
パックスシリーズは、基本的にやや小さめの箱でカードがメインコンポーネントのゲームだと認識しています。
これまでは科学テーマの、分厚いヘヴィゲームが多かったですが、どういった事情があるか伺えますか?
販売や製造のしやすさなど?



作りやすさ、売りやすさはとても大きい。
ドイツでは500グラムが1つのラインなんだ。
500g以下であれば、ドイツから送料が4ユーロ固定で世界中どこでも送ることができる。
小さいと買った人もしまう場所を選ばない。
軽いと持ち運びやすい。
ただコンパクト路線は並行して作るだけで、これからも大箱も作っていくよ。

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(7)テストプレイ、ルール観、科学主義とボードゲーム

テストプレイのプロセスについて伺えますか?

まだ勉強の途中だから大それたことは言えないけど。
制作プロセスのアキレス腱と言ってもいい。
ビッグサイズのゲームのテストプレイでなにより大変なのは、テスターへの負荷だ。
注意深く運用しないと、テスターを壊してしまう。
自分はデザイナーだからいくら負荷をかけても問題ないけど、テスターに疲労を溜めるのは本当に良くない。

私のゲームは重くて、テストの頻度も早いんだ。
さらにテストのたびにヴァージョンがまるっきり変わっていく。
テスターには、「次の回にはどうせ使わん知識だ」となかば諦めながら、毎回ちゃんとルールを頭に入れて、それなりに上手に打つことが求められる。
それは本当にありがたく、過酷なことだよ。

だから、いちばん最初にやった工夫は、複数のチームを持つことだった。
今では、ソロでテストしてくれるツテが何人かいる。
私はソロプレイがかなり好きな性質だから、まずソロヴァージョンを自分で試す。で、次にソロ用のテスターにテストしてもらう。
ソロテストが制作のメイン工程なんだ。
自分以外の3人のテスターを集めて3時間拘束するテストと比べて、かなり負荷が減らせる。


ゲームのルールについてどうお考えですか?
伺っているお話から察するに、「ルールは可変的であり、公式ルールも変化していく」と考えておられるタイプのように見えます。


まったくそのとおりだね。
ゲームを世に出すまではデザイナーの仕事だ。
しかし、膨大なプレイヤーに遊ばれることによって、ルールは進化し、洗練させられる。
ウィキペディアと同じだ。1人の人間にできることには限界があるが、世界中の様々な背景を持つ人間で取り組めば良いものになると思うよ。


エクルント作品には共通して、プレイしながら学習できるような感覚があるのも楽しいです。
教育とエンタテイメントのミックス(エデュテインメント)というだけでなく。
エクルントのゲームをプレイすると、科学や歴史の流れを掴む助けになると考えています。
また、本や映画、ドキュメンタリーとの最大の違いは、プレイヤーの選択が結果に作用することだと思います。
作品とプレイヤーが相互作用的(インタラクティブ)だからこそ体験できる、ユニークな魅力です。


そのとおりだと思うよ。
優れたシミュレーションゲームは、この世界がどのように機能しているかを教えてくれる。世界をより理解しやすくしてくれるね。
私は、ゲームが映画や本に対して持つ優位性は、「プレイヤー全員が同じルールでプレイしなければ成立しない」って点にあると思う。
我々は同じ宇宙に住んでいて、どの時代のどんな文化圏にいようが、本質的には同じ法則下で生きている。
これは科学がいちばん大事にしている物の見方なんだ。
いつ、どこで、誰が再現しても同じ結果が得られる場合、その知見は特に価値が高いとされる。

ゲームは科学主義と相性が良いと思うんだ。
ドイツでもモンゴルでも、別の惑星であっても、いつでも、どこでもゲームは同じようにプレイされる。
当たり前のことだ。
「世界は主観的な感情とは別に、ファンダメンタルな法則に従って客観的に挙動している。
また、人間はどこにいようが本質的な違いはない」

という科学的な視座は、ゲームに親しんでいる人間ならスムーズに受け入れられる。
これは、教育者や哲学者には持ちえない、ゲームプレイヤーならではのアドバンテージだと考える。



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