「北海の侵略者」「西フランク王国の建築家」などを手がけるシェム・フィリップスへのインタビュー



5972605cd6a17d72996fa6699753e2de


(1)基本情報

(2)インタビュー
〔1〕背景

 ①来歴
 ②ニュージーランド
 ③ボードゲームのどこが気に入った?
〔2〕北海の侵略者(レイダーズ)

 ④成功の立役者
 ⑤制作の舞台裏
 ⑥KdJノミネート
 ⑦拡張の意図
〔3〕西フランク王国の建築家(アーキテクツ)
〔4〕ゲームデザイン

 ⑧インスピレーション
 ⑨ルーティン
 ⑩いちばんワクワクする瞬間
 ⑪具体的なプロセス
 ⑫よく使う道具、コレクション、旅行先
 ⑬作ってみたいゲーム
 ⑭好きな他作品
 ⑮好きなデザイナー
 ⑯シェム・フィリップスらしさを定義するもの

(3)考察:アートワーカーの継続起用



(1)基本情報(ポートフォリオ)

ニュージーランドの首都、ウェリントン在住
年齢不詳だが、4~50代だと思われる

キャリアは、アートワーカーのミコ(Mico,本名Mihajlo Dimitrievski)と組む前/後で切り分けられる

eight_col_ShemPhillips
Shem Phillips (画像引用元↓)
https://www.rnz.co.nz/national/programmes/lately/audio/2018721911/game-theory-hitting-the-big-time-in-board-games

①ミコと組む以前(2009-2013年)

2009年:Linwood 17000位
2011年:Capek
2012年:Plethora 13000位
2012年:Saqqara 17500位
2013年:Cibola

どれも10000位以下とあまり高く評価されておらず、また生産数も少ない
プレトラ、サッカラ、シボラの3作が脚韻を踏んでおり、若干の3部作みを感じさせる


pic1487790
Plethora(2012) 

②ミコと組んで以降(2014-)

ミコと組んで以降のフィリップスはヒットメーカーだ

2014年:北海の船大工(シップライツ) 2700位
2015年:北海の侵略者(レイダーズ) 83位
2016年:北海の探検者(エクスプローラーズ) 995位
2018年:西フランク王国の建築家(アーキテクツ) 79位
2019年:西フランク王国の聖騎士(パラディンズ) 89位
2020年:西フランク王国の子爵(ヴァイカウンツ) 4200位
2020年:スキタイの侵略者(レイダーズのリメイク) 9300位


pic5235769
Raiders of Scythia(2020)

3部作を2セット、計6作品をほぼ毎年
尋常じゃないペースで出している
これだけハイピッチだと、普通駄作が混じってしまうものだが
6作中3作はBGGベスト100以内

ヒットの片翼を担ったミコはマケドニアのアーティスト、イラストレーター

pic1774562
Mihajlo Dimitrievski (画像BGGより)


(2)インタビュー


下記3記事をもとに統合・再構成した
https://www.blackforeststudio.com/articles/2018/1/2/13-questions-with-shem-phillips

https://www.brettspiegel.de/interviews/10-fragen-an/shem-phillips/

http://nextplayer.com.au/interviews/interview-with-shem-phillips-garphill-games/


ーーーーーーーーーーーー

〔1〕背景
①来歴
をおおまかに教えてください。

ニュージーランドに住んでいる
「ゲームデザイナーになりたい」と思ったことはなかった
ただ、思い返すと昔からずっと創作活動はしていた
兄と仲が良くて、オリジナルのスーパーヒーローのキャラをデザインしたり、歌を作って遊んでいた
過去にはウェブサイト、Tシャツ、ロゴ、様々なものをデザインしてきた

ボードゲームについてだけど、アメリカのクラシックなゲームには触れてきた

・モノポリー(1933)

・スクラブル(1948)
・クルード(1949)
あたりの古典だ

現代ゲームに出会ったのは20代前半
友人にカタンを教わったんだ
衝撃的だったよ
その週末には、急いで地元のおもちゃ屋さんに行って、箱絵だけを見て『カルカソンヌ』と『ファミリービジネス』を買った

pic399009
Family business(1982)


そこからは毎日、何か月もプレイした
すぐにウェリントンで地元のボードゲーム大会(ウェリーコン)を発見し、そこで趣味の仲間をたくさん作った

僕は創造性についてジャンキーだから、ボードゲームにハマってすぐ、自分自身でデザインする世界にまっすぐに飛び込んだんだ


②お住まいのニュージーランドについて、もう少し詳しく教えてください。

僕が住んでいるウェリントンはニュージーランドの首都だ
特にここ10年(2010-2020年)で、ボードゲームコミュニティが着実に成長していると実感するよ

・ウェリーコン
・ボードゲームズ・バイ・ザ・ベイ

といったボードゲームのコンヴェンションが誕生した
地元のゲームショップがボードゲームを取り扱うようになったし、ボードゲームカフェ
もできてきた

1109240-499016-7
ウェリーコン(WELLYCON)のポスター
レイダーズの拡張の箱絵が素材であり、シェムのデザインだと思われる

③ボードゲームのどこが気に入りましたか?


ソーシャルなインタラクションが生じる点
アート性
論理的思考を要するところ

どれも素晴らしいけれど、全く別な3要素がミックスされているのがとても良い
どんな人にとっても引っかかる何かがあるんだ
たとえば僕はヘヴィユーロが好きだけど、全員にとって重量級が刺さるはずはない
そういう人にはコミュニケーション要素の強い推理ゲームが合うのかもしれない
絶対に、何か合うものがあるんだ

〔2〕北海の侵略者

④バイキング3部作(北海の~シリーズ)が特別なものになる
と知ったのはいつですか?


第1部の「北海の船大工(シップライツ)」が、Kickstarterで大成功を収めた
まったくの予想外だった
ここで「今後上向きに進む」と確信したよ
pic1924148
Shipwrights of the North Sea(2014)

成功の一番の要因はミコのアート
彼の絵はコミカルでありながら、gritty

*gritty
ざらざらした、砂地の、現実的な、空想的でない

誰も見たことがないアートだった
もちろんそれだけじゃない
他の成功の要因としては、
・ルールがシンプルで学習しやすい
ユニークで面白いメカニクス
3部作であること


が挙げられる
このタイミングで、アーティストのミコの人気が急上昇し始めた
続編を求める声も多く、第2部の「北海の侵略者(レイダーズ)」を作ることとなった


⑤第2作目の「北海の侵略者」は、あなたの最も人気のある作品の1つです。
制作について、何か面白いエピソードはありますか?
制作期間はどのくらいでしたか?


制作には9か月かかった
残り2作について詰めたアイデアは全然なくて、わりと行き当たりばったりだったよ
シップライツが成功してから、「さて、続編はどうするか」とブレインストーミングを始めた
タイトルは決めていた
だから、
「侵略者っていうことは、近隣の集落を襲撃する
それがテーマだ」
と、そこまでは既定事項だった
ただ、構造を組み上げるのにはかなり苦労したよ
最終的に今の形にたどりつくまで、10種近くのアイデアを練り上げた

プレイヤーに、
・序盤は陸で船員カードを雇用して支度を整えたい
・中盤からは海に出て、NPCとの戦闘に勝ちたい

っていう欲求のフローを持たせたかった
また、コアメカニクスはワーカープレイスメントでいくと決めていた
さらに、
「ただのワカプレでは面白くない
この作品で、ワカプレというジャンルにフレッシュな何かをもたらしたい」

とも思っていた

ある夜更け、眠れずに天井を見上げているときに、
「1ワーカーを盤面に配置して、別の1ワーカーを盤面から手元に戻す
(place a worker, take a worker)」

というシステムを思いついた
このワンアイディアがレイダーズの基本骨格となった

pic4052193


⑥「北海の侵略者」は2017年にKdJ*にノミネートされましたね。
当時は驚きましたか?
*KdJ ゲーマーズゲーム・オブ・ザ・イヤー

とても驚いたよ!
発表前に、ドイツの出版パートナーの Schwerkraft-Verlag(シュヴェルクラフト)のカーステンが、
「ノミネートに向けて前向きに準備している」
とは言っていた
ただ、まさか本当に起こるとは
その晩、すぐにTwitterを見ると、何百も通知が来ていた
KdJへのノミネートは、ゲームデザイナーとしての私のキャリアを大きく後押ししてくれたよ

その出版社 "Schwerkraft Verlag "との接触はどのようにして生まれたのですか?


カーステンはかなり早い段階で、「北海の侵略者」の出版についてコンタクトしてきた
当時は、自分の作品群のルールブックをウェブ上でアップしているだけだった
「自分のところと別なパブリッシャーから、他言語でレイダーズが出る」というアイデアはとても刺激的だったよ
シュヴェルクラフトと仕事するのは最高に楽しい
これからも長く付き合いたいと思っているよ

logo
Schwerkraft Verlag
英語だとヘビークラフト・パブリッシング くらいの意

⑦「北海の侵略者」の拡張は現在いくつも出ています。
どのように基本ゲームを改善していますか?
 
大きな拡張は、
・ホール・オブ・ヒーローズ(英雄たちの大広間,HoH)
・フィールズ・オブ・フェイム(栄誉の野原,FoF)
の2つだ
他にもソロヴァリアントや、ミニプロモカードなどもある


 まず、ホール・オブ・ヒーローズ(HoH)だね

新アクションのクエストタイル、新資源のミードを導入した

レイダーズは中盤から襲撃マスを踏んでNPCを攻撃する
マスごとに別なNPCがおり、すでに撃退されたマスは閉じる
HoHでは使用されて閉じた襲撃マスに、クエストタイルが再配置される
クエストタイルも、襲撃と同じでVPや戦利品がもらえる
その際、コストとして手札を捨てて戦力を支払う

pic3923227
クエストタイル

※おそらくカード運の緩和がクエストタイルの狙い
レイダーズは船員カードを使って拡大再生産していくのだが、カードのランダム性を強く感じやすい
船員カードはおおざっぱに、
低コストの特殊能力アリ=序盤の拡大の補助
高コストの高戦力 =中盤以降の戦闘目的
に大別される
状況によるが、ゲーム開始時は断然前者の低コストユニットが強い
価値の差がデカすぎて、使わないハイコストカードがずっと手札で腐っているみたいなこともあった
クエストタイルは、そういったハイコストカードの消費手段、不要な資源の吐き先になる

余談だが、拡張で不要カードの消費手段を増やしてプレイ感を整えるのは、カードを使ったワカプレではけっこうよくある
たとえばオーディンの祝祭やワイナリーの四季の拡張でも、不要なカードを捨てさせる新アクションが追加されている



またHoHではミード(はちみつ酒)という新資源も導入した
ミードは戦闘中に消費することで、一時的に戦力を高める

※ミードはダイス運の緩和目的と思われる
オーディンの祝祭の武器カードと同じ役割

pic3359458
Raiders of the North Sea: Hall of Heroes (2018)


次にフィールズ・オブ・フェイム(FoF)
首長(ジャール)トークンという新しい戦利品を導入した

首長トークンを襲撃アクションでゲットしたら、
・殺す
・捕虜にする
・逃げる

の3択が生じる
pic3365442
首長トークンと首長ボード

殺すのがいちばんシンプルだ
栄誉が得られる
レイダーズでは、戦力トラック、ヴァルキリートラックと2個トラックがあった
この拡張では第3の栄誉トラックが追加された
栄誉は欲しいが、船員が負傷するリスクもある

第2の選択は生け捕り
ただ、捕虜にするのも負傷のリスクがある
ゲーム終了時、いくつかのエリアの首長を集めておくとセットコレクションで勝利点が入る

最後の選択は逃亡
逃げるは恥だ、何の役にも立たない
できれば選びたくない
負傷せずに済む代わりに、プレイヤーは栄誉トラックの後退か失点を選ぶことになる

栄誉トラックは、首長の首を獲るだけでなく、略奪アクションで圧倒的大差で勝ったときも進む 
pic3360831
Raiders of the North Sea: Fields of Fame (2018)

〔3〕西フランク王国の建築家(アーキテクツ)

レイダーズがワカプレをアレンジした作品だった
アーキテクツもまた、ワカプレにひとひねり加えたもの
プレイヤーは20体のワーカーを持ってゲームを開始する
1手番目、たとえば採石場にワーカーを配置すると、1個の石をゲットできる
2手番目にもう一度ワーカーを置くと、今度は2個石が手に入る
3ワーカー目だと3石だ
アーキテクツでは本当にイージーに拡大再生産のエンジンを組むことができる

が、欲張りすぎると良くない
ボード上には、他プレイヤーのワーカーを捕縛できるスペースがあるからだ
他プレイヤーに捕縛されたワーカーはお金を払って刑務所に送ってあげないと回収できない

このように、ワーカーを配置して回収するまでのプロセスに工夫がなされている

また、このゲームには美徳トラックが搭載されている
このトラックがゲームにテーマ性と独特のテイストを加えている
善人となれば多くの勝利点が稼げる
悪に染まれば税金の支払いをごまかして、たくさんアクションすることができる

アーキテクツの主目的は、「資源を集めて大聖堂を建てる」という、まあありきたりなものだ
しかし、
ワーカーの運用の悩ましさ
捕縛というユニークなメカニクス
美徳トラック

といった要素が体験の質を高めている

pic4455288
Architects of the West Kingdom (2018)

 〔4〕ゲームデザイン

⑧ゲームのインスピレーションはどこから得ていますか?

他のゲームから
もらうことがいちばん多い
デジタルゲームでも卓上ゲームでも
いちばんプレイ時間が長いのがPCゲームのエイジオブエンパイアII
たくさんプレイしたし、今でもプレイしている
最近は中世テーマのゲームを多く出しているけど、AoEIIから大きな影響を受けているよ


ChafqDwsTLwDnAhFSfnQN7
Age of Empire II (1999)


⑨制作において、何かルーティンやパターンがありますか?

PCの前に座ってムリヤリひねり出すっていうガラじゃない
逆に、作業場から離れた方がクリエイティブになれる
アーキテクツのところでちょっと話したけど、ベッドで何もせずに新しいアイデアを考えるのはよくやる
夜更けとか、明朝とか
そういう時間を取るのが、僕にとってルーティンみたいになっている


朝の時間、いいですね。何かお気に入りの飲食物はありますか?

朝はホットチョコレートを飲むのが好きだ


⑩ゲームをデザインしていて最大の満足感を得られるものは何ですか?

いくつかある

開発過程で、アーティストから新しいファイルが送られてくるとき
最高にワクワクする

他の人が私のゲームを楽しんでくれているのを見るとき
とても楽しい
遊んでもらうことで、それぞれのゲームの隠された深みを発見できるからだ

完成した印刷物を初めて手にするとき
本当に楽しい気分になる


⑪デザインの具体的なプロセスはどのようになっていますか?
・コンピュータとにらめっこする
・古いメモを読み返す
・いちどあきらめてアイディアを寝かせる
・気晴らしにAge of Empires IIをプレイする
・試作品で遊ぶ
・またあきらめる
・眠って新しいアイデアを考える
・飽きるまで寝る
・新しいアイデアに取り組むために起き続けて午前4時


羅列すると、こんな繰り返しだ
これをプロセスと言っていいのかわからないけど


試作品を作るときに最もよく使うものは何ですか?

カードスリーブ、カラーキューブ、ミープル


 何かコレクションしていますか?

けっこうあるよ
まずボードゲームだよね
あとは、ファイナルファンタジーとロードオブザリングのフィギュア
それと、ダイスも趣味で集めてる


行ってみたい旅行先はありますか?

エジプト、フランス、イタリア、クリスマスのニューヨーク


⑬今後作ってみたいゲームは?

協力ゲームも作りたいなって思ってるよ
共同制作者のサム・マクドナルドとたまに話している
マット・リーコックのパンデミックシリーズがとても好きなんだ
pic300648
Pandemic(M.Leacock, 2008)

⑭パンデミック以外で、現在、最も多くプレイしているゲームは?

試作品以外だと、
・サイズ:大鎌戦役
・サグラダ
・キングドミノ
・By Order of the Queen
・デッドオブウィンター
このあたりだね

img_2351
By Order of the Queen (D.Gerrard, 2017)


ボードゲームになじみがない人に紹介するとしたら、どのようにやりますか?

コアなゲーマー相手じゃないなら、自分のものだと、
・北海の侵略者(レイダーズ)
・北海の探検者(エクスプローラーズ)

あたりを勧めるかな
一番ライトな部類だからね
pic4543695
Explorers of the North Sea (2016)

自分のもの以外なら、
・アズール
・コードネーム
・チケット・トゥ・ライド
・あやつり人形
・フォー・セール
・キングドミノ

あたりを勧めると思う

どれも、基本的なメカニズムを学ぶことができる
・カードのドラフト
・ワーカーの配置
・アクションの取り方

そういうのをゆったり学べるゲームがいいんじゃないかな


⑮好きなゲームデザイナーは?
・ブルーノ・カタラ
・ブルーノ・フェイドゥッティ
・マット・リーコック
・フラーダ・フヴァチル


ドイツ人だと、好きなゲームデザイナーは誰ですか?
ドイツ人限定だと、シュテファン・フェルトが最も好きだよ
実は各デザイナーの出身地について全然知らなくて、この機会にBGGで調べたんだ
フェルトの何が好きって、スタイルがとても独特なところだ
フェルトらしさがある
遊べばすぐ、「これはフェルトのだ」ってわかる
素晴らしいよね
僕のデザインでも「プレイヤーにそういう風に感じてもらえたら」と思うよ
あとは、勝利への道筋を複数用意している点もいい
毎ターン、とても悩ましい決断を迫られる

pic1694071
Trajan(S.Feld, 2011)




⑯最後に、シェム・フィリップスらしさとはどういったものですか?
デザインスタイルを3つの言葉で表現すると?

そうだね…

まず、流線型(Streamlined)であること
合理的で無駄がないこと

そして、親しみやすいこと(approachable)

最後に奥深さ(depth)

この3つだと思う


――――――――――




(3)考察:アートワーカーの継続起用


フィリップスの成功の要因の一つに、アートワーカーのミコが挙げられる


良いアートワーカーを起用しつづけることで、ブランドイメージが得られる
「このアーティストの絵といえばこのデザイナーのゲーム
と1対1対応のイメージができる

今回のフィリップス×ミコ以外でも、こういうイメージ戦略を取っているデザイナーは数組いる

パっと思いつくのは、


ヴィタル・ラセルダ×イアン・オトゥール (On mars, Lisboa など)

pic4892927
On Mars(2020)

パトリック・レーダー×カイル・フェリン (Root,Oath)

pic4679728
Root(2018)

の2組

本記事では、
・フィリップス×ミコ
・ラセルダ×オトゥール
・レーダー×フェリン

の3組にフォーカスして論を進める


彼らのゲームは例外なく購買欲をそそる
欲しくなるのだ
筆者は物欲の渦に飲み込まれないよう最大限注意して生きているが、ラセルダ作品については、

「ヴィニョス、本当によかった
オンマーズもオトゥールのアートが最高だ、めっちゃいい、欲しい
エスケープ・プランもリスボアも棚に揃えたい」


否応なくコレクション欲求が掻き立てられてしまう


フェリンの描いたRootのアートワークもとても強烈な訴求効果がある
Rootを遊ぶと、回る機会が少ないのに拡張も欲しくなる
また、同じコンビのOathもやってみたくなってしまう


pic5189072
Oath(2021)



この3組について少し掘り下げてみよう

共通点は、

・非ドイツ系
・大規模パブリッシャーに属していない
・Kickstarterが主戦場


の3点

①非ドイツ系

フィリップスはニュージーランド、ミコはマケドニア
Rootのパトリック・レーダーはミネソタ在住
ラセルダはポルトガル、オトゥールはオーストラリア

インタビューやBGGのページを見る限り、上の3デザイナーは自身で直接アートワーカーと契約している
また、フィリップス(Garphil Games)とレーダー(Leder Games)は自身で小さな会社をやっている

彼らと真逆の、ドイツ系のデザイナーを何人か見てみよう
・ローゼンベルグ
・フェルト
・クニツィア

彼らの共通の特徴として、自身の会社は持たず、作品ごとにパブリッシャーと契約して出版している
毎回別な出版社に持ち込む場合が多い
ローゼンベルグはここ数年フォイアーラント社からもっぱら出している
あるいはフェルトはアレア社と昔からいい仲だったり

そういう個別例はあるが

一般的な構造として、
・デザイナーがパブリッシャーに持ち込む
・パブリッシャーサイドでアートワーカーを選んで発注

という流れで作っている
パブリッシャーがあいだに入るフローであり、この場合アートワーカーは固定しづらい

ただ、パブリッシャーが意図して企画している場合は例外だ
たとえばQueenによる最近のフェルトの再販は、アートワークを固定して統一感を強めている


EfO4_p0X0AIgZjb
Stefan Feld City Collection(2020-)

あとは、もはや考察でもなんでもない雑談だが、アートワーカーの選定については、
「パブリッシャー側で懇意にしている人
仕事を回しやすい/頼みやすいアーティストってのがたぶんいるだろうな」

と感じる
ドイツゲームでよく見かけるアートワーカーといえば、
クレメンス・フランツ(アグリコラ、オルレアン)
デニス・ロハウゼン(オーディンの祝祭、テラミスティカ、キャメルアップ)


この2名が挙げられる

pic1389429
Denis Lohausenの近影(BGGページより)
サングラスを2つ着用しており、とてもイカしている


一般に、同じ言語圏で、近くに住んでいる人には気軽に依頼できる
デニスとクレメンスはともにドイツ語圏在住だ
クレメンスはオーストリア人で、デニスはドイツのケルンにいる

・ドイツ語話者(コミュニケ―ションコスト)
・依頼費の安さ(金銭コスト)
・筆の早さ、レスポンスの早さ(時間コスト)


このあたりのコストの低さと案件の多さは強く相関しそうだとぼんやりと感じる

②大規模パブリッシャーに属していない


新たにアートワーカーに依頼する際は、
・コンセプトのすり合わせ
・イラストの得意/不得意分野の確認
・依頼費の交渉

など、けっこう手間がかかる

中規模以上のパブリッシャーにとっては大した負担ではないかもしれないが
フィリップスやレーダーのような1~3,4人程度の会社にとっては、普通避けたいコストとなる
こうしたコミュニケーションコストが省けるのも継続契約の大きなメリットだと思われる

③Kickstarterが主戦場


オトゥールやミコのアートはキック映えする
センスが良いし、買いたくなる
ワクワクさせてくれる

81c7b04be7513a1e6941bcbd73e5ea90_original
Escape Plan(2019)

何がワクワクをもたらすのだろう?
新しさ

Kickstarterは、これまで世の中になかったものを実現するためにお金(fund)とクラウド(crowd)を集めるプラットフォームだ
ユーザーはプロジェクトにワクワクを求めている
新しい何かを探している

では、何が新しいのだろう?

あるいは、何が新しくないのだろう?


既存のドイツゲーム
なじみの、よくあるタイプの、クラシックな、オーセンティックな

では、「既存のドイツゲーム感」を構成する要素は?

やや乱暴だが、クレメンス・フランツやデニス・ロハウゼンの画風はその一因になりうると筆者は捉えている

一例だが、クラニオのルチアーニは「バラージ(2018)」をKickしている
過去にルチアーニは「グランドオーストリアホテル(2015)」でクレメンス・フランツと組んでいる
また、デニス・ロハウゼンとも「マルコ・ポーロの旅路(2015)」を作っている
が、kickをやるうえでは彼らを起用しなかった

ba25723e8bf52dbf2cf3c4f9182d4c92_original




最後に、新しさについて仔細に言語化/掘り下げようとするのはあまり実用的でなく、やや不毛だ
定義が刻一刻と変わっていくからだ

大きくハネたプロジェクトについて、「何が新しさ/成功要因だったのか」はくまなく解析される
そして後発の企画者らによって模倣される
ただの二番煎じであれば、かつて新しかった要素は陳腐さと使い回しの印象を与えかねない
逆に、オリジナルを超える付加価値が提供できれば、プロジェクトの成功率は高まる


――――


ミコ、フェリン、オトゥールらのユニークで引き込まれるアートワーク
プロジェクト成功の立役者
バッカ―の欲求を駆動する着火剤として、この上なく有効に機能している


5972605cd6a17d72996fa6699753e2de