パンナムは実際の航空会社の発展と衰退の歴史をもとにした2020年作の新作ボードゲーム
シンプルでテーマの再現性が高い60分級の佳作
プレイし、魅力を感じたので記事化する


PanAm-Routes




(1)基本情報
(2)テーマ
 ①黄金時代 1928-1968
 ②衰退~経営破綻  1969-1991
(3)メカニクス

 ①4ワーカー固定のワカプレ
 ②ところてん式の競り
 ③線路開拓
 ④飛行機コマの視認性
 ⑤ダイスと買収
 ⑥対外投資
 ⑦イベントカード
 ⑧発展カード
(4)総評




Pan Am (2020)

Designer Prospero Hall
Artist Prospero Hall
Publisher Funko Games


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(1)基本情報

人数:2ー4人、ベスト3,4人
時間:60分
複雑性:2.65(参考値:ティーフェンタールの酒場=2.64,ウイングスパン=2.42)
ランク:1200位(2021/2/10)

要素:ワーカープレイスメント、押し出し競り、ネットワーク構築、収入拡大、20世紀史、プロペラ機、ジェット機
言語依存:手札とイベントカードにテキストあり、対訳表1枚で対応できる分量

流通:和訳/日本語版の予定は現状発表されておらず


デザイナー/パブリッシャー:

デザイナーはプロスペロ・ホール

HPの紹介文は以下

’’プロスペロ・ホールはワシントン州シアトルにある共同ゲームデザインスタジオです。
我々のプロジェクトは、
・どのようなゲームを作りたいのか
・どんな雰囲気/見た目にしたいのか
・何のために生み出すのか
といったヴィジョンから始まります。そして、ゲームデザインからグラフィックデザイン、ルールライティング、アートワーク、3Dデザインその他に至るまで、私たちはあらゆることに全力で取り組み、細部に至るまで汗を流しながら、最高のゲームを作り上げていきます。私たちのゲームをお楽しみください。’’

30人程度のメンバーが在籍している

他の代表作は、
2018:Disney Villainous(600位)
2019:Jaws(800位)


パンナムも実在企業テーマだが、映画原作などの版権モノが得意な印象

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Disney Villainous(2018)


また、同スタジオ最大のヒットは2019:Horrified(184位)
街を荒らすフランケンシュタインやドラキュラを追い出す協力ゲーム
一度プレイしたが、シンプルでありながらゲーマーも楽しめる工夫が見られ、好感を持った


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Horrified(2019)

パンナムから大きくそれるが、Horrifiedの単評を今後書く予定がないので、ここで少しだけ触れておく


1-5人用の協力ゲーム
おおざっぱな作り、サイズ感、ターゲット層、プロフィールはパンデミックとだいたい同じ

アクションポイント制、完全公開情報
よく言えばシンプル
欲を言えば奉行問題への配慮が欲しかったかもしれない

他プレイヤーと協力して3体のクリーチャーをやっつけるのだが
本作の最大の魅力は3体の敵キャラをカスタマイズできる点にある

パンデミックの病原菌、イーオンズエンドのネメシスがHorrifiedではクリーチャーなのだが、それが人狼、透明人間など7体用意されている

この敵クリーチャーはイーオンズエンドと同じで、1枚のボスシートで管理されている

敵によって体力や挙動がユニークなので、
「今回は初心者も入るから、ボスは弱いやつ2人+中くらいの1人にしよう」

みたいな微調整ができる


敵パーティを編成するだけでもけっこう楽しいごっこ遊びができるが、HorrifiedはBGG
Gコミュニティで有志がオリジナルの敵キャラを多数作っており、そこにも魅力がある

ファン拡張の作られやすくする因子としては以下が挙げられる

①実装量の少なさ

Horrified以外だと、イーオンズエンド、テラフォの企業カードなんかはカード1枚なので比較的手軽
Rootの氏族なんかもファン拡張が作られ得るが、ボード以外にコマも要るため敷居が高い

②協力ゲームであること

多少バランスが狂っていても問題が生じにくい
対戦ゲームであるガイアの氏族、Scytheの陣営のファン拡張なんかは、より入念な調整が要求され、ちょっとハードルが高い

③敵パーティのカスタマイズ性

Horrifiedでは敵3体で編成するので、もしオリキャラが強すぎる/弱すぎる場合でも、遊び手のさじ加減でカバーが利く




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(2)テーマ
パンナムはパンアメリカン航空の略
同社はカリスマ経営者、ファン・テリー・トリップが1927年に創業した

ちなみにパンナム(ガングロのアクセント)よりは、パナム(キャノンのアクセント)の方が原語に忠実

①黄金時代 1928-1968

パンナムは最初はカリブ海の弱小航路しか持たない零細企業だった
トリップの読み、勘、人脈、カネを引っ張ってくるパワーによって躍進
買収攻勢を繰り返し、30年代に太平洋/大西洋横断路線をそれぞれ確立
1939-1945の第二次大戦期間はいったん成長停止
米空軍の徴用に従い航空機とパイロット、乗組員を提供

パンナム/トリップにとってもメリットもあり、米軍部/政府との関係性を強めた
戦後も米政府の後押しを受けながら順調に拡大、60年代には黄金期を迎える



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NYのパンナムビル
繁栄の象徴、1963年設立当時は商業ビルでは世界一の高さだった
パンナム倒産に伴いメットライフビルに名称変更された


1968年にはトリップが円満に引退
ワンマン経営者のしくじり企業史あるあるだが、トリップの引退後に急激に衰退


②衰退~経営破綻 1969-1991

以下の6要因が連鎖し、パンナムは衰退していった

①ジャンボジェット(ボーイング747-SP)の大量生産

ジャンボジェットはパンナムの特注でボーイング社がデザインした機体
ニューヨーク―東京間をつなぐ驚異的な航続距離
そして300人の旅客数

当時はとにかく革新的で、ジャンボジェットは世界の空を狭くした
パンナムの稼ぎ頭だったのだが
ボーイング社が大量に作って他社にも売りまくったため、相対的な価値が目減り
1機300人も運べてしまうキャパも相まって供給過多となり、高嶺の花だったフライトが大衆にとってややありふれたものとなってしまった

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②オイルショック

1973/79年
燃料高騰が航空業界全体の逆風に

③組合の強さ

パンナムは伝統的に組合が強く、従業員の賃金が高すぎることで有名だった
オイルショックを受けても給料カットは断固拒否された

④規制緩和(ディレギュレーション)

オイルショックを受けて航空チケットが高騰
カーター大統領は、
「航空業界は社会インフラだから、新規参入を規制してきたけど
あまりに国民の声が大きいし、かつ業界も健全化するべきだと思うから、自由化します」


カーターのもと航空規制緩和法(ディレギュレーション)が施行
パンナムは激しい価格競争/サービス競争の波にさらされることに

⑤ハイジャック/テロ

パンアメリカン航空の企業名から「汎アメリカン主義」を連想
米政府や軍部とのつながりも相まって帝国の象徴とみなされ、ハイジャックやテロの標的に

⑥買収の失敗

逆風続きのパンナムにとどめを刺したのは自分の悪手だった
国内線の強化のためにナショナル航空を買収したが、既存の国際線とのネットワーク構築をうまくできず
そのわりに、元ナショナルの社員の給与をパンナム水準に引き上げざるを得ず、高くついた
また、システム統合や制服統一などにかかる諸経費も痛かった

この買収失敗が決定打となり、パンナムは1991年に米連邦破産法第11章(チャプター・イレブン)を申請
経営破綻した


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本作はトリップ就任→退任までの40年、黄金期の1928-68年だけを切り取っている
プレイヤーたちはパンナムの周りで商いを営む航空会社だ
空港を誘致し、少ない資本金をはたいて航空機を買いそろえ、世界各地に航空路線を確立する

パンナムはいわば超強力なNPC
アメリカを起点にそこら中の路線を手当たり次第に買収していく

本作ではパンナム様に路線を買収してもらって利鞘を稼ぎながら、逆にパンナム株を買い集め、業界内の最有力プレイヤーを目指していく


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(3)メカニクス


①4ワーカー固定のワカプレ

基本構造はワーカープレイスメントだ
4ワーカー固定で増員はなし
5種20スペースほどで、途中で少しだけ新スペースが増える

②ところてん式の競り

アメン・ラー(2003)ホームステッダーズ(2009)のようなところてん式の押し出し競りを採用している

より高い額を出せるなら、元々いたワーカーを追い出せる
追い出し合いを終えると解決フェイズに移り、各ワーカーの効果を解決していく

ところてん式の競りは、味付けによって鬼のようにインタラクティブにも締められるし、ゆるく仕上げることもできる

たとえばホームステッダーズはギチギチに締め上げたところてん競りだ
天井ナシの1ワーカーのワカプレなので、どんな温厚なプレイヤーが打っても激しい追い出し合いが生じる
パンナムは無料のアクションスペースも多く用意されており、かなり緩く作られている
他者と蹴り出し合いをして値を吊り上げてもいい
反面、うまく他者とのバッティングを避けられると、利の良いアクションがノーコストで打てたりする

③路線開拓

ワカプレで、
空港コマをボード上に配置
飛行機コマを個人ボードに買ってくる
航空券カードのゲット

といった感じでリソースを準備して、そのリソースを消費して路線を開拓する
路線開拓は率直に言って楽しい
けっこうな下準備や工夫が要るのだが、路線開拓によって定期収入が得られる
また、自分のカラーのデカい飛行機コマを盤面に出せる
「自分が苦労して場に出した飛行機が、この航路をせっせと往復してわが社に利益をもたらしてくれている」
という
そういう喜びがある

少しだけ難点を挙げるなら、3人戦だとマップがちょっと広すぎるかもしれない
路線開拓はネットワーク構築のような面がある
相手の建てた空港や、持っている航空券を見て、
「あ~、あの人は南米航路に本気だな
自分はちょっと外してアジア航路あたりに地盤を作るか」

みたいな読解をする
これがけっこう自由にやれてしまう
早取りや陣取りもあるにはあるのだが、もうちょっとマップを絞って、絡みを持たせた作りの方が好みかもしれない


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④飛行機コマが若干見分けづらい

パワーの違いによって4種あり、造形がとても凝っている
ただ、大きさ、かたちがけっこう似ていて見間違うことがある
マップに出してしまえば見分ける必要はなくなるのだが、個人ボード上で機体間がもう少し判別しやすいと良い
「個人ボードをスペーシングして、各パワーの飛行機を整列させる」などで解決できると思われる

⑤ダイスと買収

路線開拓は定期収入がわいて美味しいのだが、買収にはそれ以上のうまみがある
パンナムに買収してもらえると、
・5-14ドルの臨時ボーナス
・飛行機コマの回収


2点メリットがある
「アクワイア」の合併ボーナスに若干似ている
現金のボーナスは言うまでもなくデカい
飛行機コマは疑似的なワーカーみたいなものなので、これを回収して再利用可能にできるのもありがたい

買収路線はダイスによって決まる
このゲーム、遊ぶとそこはかとなく90年代っぽさを感じるのだが、ダイスがその最大の要因だと捉えている
中量級以上のゲームでダイスを用いるとだいたい悪さをするので、筆者はあまり好まないが、パンナムの実装は的確だと評価する
プレイヤーたちは弱小航空会社の社長で、業界最大手のCEO、ファン・トリップの気まぐれで買収先が決まる
このフレーバーを再現するにはダイスはたぶん最適な実装だ

⑥対外投資

パンナムの勝利条件はとてもシンプルだ
パンナム株をいちばん多く持つこと
毎ラウンド収入をもらったあとに、「何株買いますか」とNPCパンナムに持ちかけられる
株価は5ドルから始まって、だいたいゲーム終了時には7-11ドルくらいになる
基本的には下がらないので、早いうちに買っていった方が良い
ただ、ゲーム中の競りでけっこうなお金が必要なので、どれだけ投資に回すかが悩ましい

この勝利点周りの作りは、ワレスのティナーズトレイル(2008)の対外投資にかなり近い
洛陽の門(2009)レイクホルト(2018)の実装にも近いものがある
カネを手元にジャブつかせないための排水装置だ
パンナムの実装はプレイヤーにとって程よく悩ましく、かつテーマにもそこそこ沿っており、良いプレイ体験を与えてくれる

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Tinner’s Trail の対外投資トラック


⑦イベントカード

各ラウンド用に用意されたカードから、ランダムで1枚引く
イベントによってパンナムの株価(勝利点の変換レート)が決まる
株価以外でも全員がちょっとした恩恵を受けたり、次のパンナムの買収計画の一部が露見することもある
同じ株価変動ゲームのチューリップ・バブル(2017)なんかに似ている

フレーバーテキストもちゃんと用意されているので、
「この時代にはEU方面で特需があった
だからパンナムがヨーロッパ路線の買収を狙ってるのは見え見えだし、かつ株価も堅調に伸びている」
的な
そういう楽しさ、テーマを強化する作用がある

⑧発展カード

イベントとは別で、「カタン」の発展カードみたいな要素がある
パンナム、筆者にとってはおおむねOKなゲームで、ちょっと粗い部分も味だと感じるのだが、このカード部分の粗さはあまり好みでない

カードスペースにワーカーを置くと解決フェイズでドローできる
発展カードとだいたい同じ感じで、8-10種、40枚くらいのデッキからランダム引きする
カードによって強弱、使いやすさの違いがあるが、どれもだいたい6ドル程度の価値を持つ
他のどのアクションでもそうそう1ワーカー6ドルのパフォーマンスは出せない
本記事では省略するが、ドローアクションをすると次ラウンドの手番順を若干有利にしてくれることもあり、カードドローに1ワーカー置いておくのが安定択となりすぎるのだ

カードの価値を理解し始めた中盤からは、単にスタプレから順に3マスのドロースペースを埋めていくことになる
ここのプレイ感がかなり良くない
流れ作業でワーカーを置いているだけで、プレイヤーが選択していないからだ

おそらく自分だったら、1ワーカー削って3ワーカーのワカプレにして、毎ラウンド自動で1ドローさせる
構造に大きな変化はないため
少しだけ運要素を削って、「パンナム株の少ない(負けている)プレイヤーから順に1枚ずつドラフト」あたりでもいいかもしれない



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(4)総評

パンナムはオリジナルの魅力を持った、まとまりの良い佳作だと評価する
特にテーマの再現性は抜群であり、航空業界史にちょっとでも興味があるなら手放しで勧められる


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