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ヴィタル・ラセルダは、
・ヴィニョス(2010)
・カンバン(2014)
・エスケープ・プラン(2019)
・オン・マーズ(2020)

などを代表作に持つポルトガル人のデザイナー

本記事ではラセルダへのインタビュー記事の翻訳を行う

【1】記事作成の経緯 ―出題編
【2】基本情報
【3】インタビュー

(1)転身

(2)最初の数年
(3)楽しさとストレス
(4)エッセンス
(5)テーマ
(6)ケース1:リスボア
(7)ケース2:ギャラリスト
(8)ケース3:カンバン
(9)作品群に通底するもの
(10)軽ゲー制作
(11)アートワーク
(12)アーティストのイアン
(13)オン・マーズとウェザー・マシン
(14)キックスターター
(15)テーブルトピア
(16)初回プレイヤーに伝えたいこと

【4】考察-解答編,またはキックの申し子としてのヴィタル・ラセルダ

①スタンドアローン型のデザイナー
②ラセルダの強み
③複雑な、わけのわからない様式
④ラセルダらしさ
⑤世界的に広く受け入れられている理由


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【1】記事作成にいたった経緯

オン・マーズをプレイし、「なんなんだこいつは」と感じたため
筆者はここ2,3年で、ある程度ゲームへの読解力が身につき、だいたいの作品は1,2回遊べばおおまかな見通しがつくようになった
「プレイヤーに味わってほしい体験はたぶんこれ
このゲームのいちばんの急所はここ」

的な

オン・マーズについては、そういう最初の見立てがほぼ無理だった
こういった新奇な対象は貴重なので、ややワクワクしている
オン・マーズ、およびその作者のラセルダについてより適切に理解することが本記事の目的となる
本節でラセルダについて2つ疑問を提示したのち、インタビューに移っていく

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ラセルダに対しての疑問①バックボーンの見えなさ

ゲームをデザインするとき、その人が見ている世界が作品に投影される
デザイナーの代表作は、その強み/長所/個性がもっとも活かされたものとなる

たとえばシュテファン・フェルト(数学教師)やライナー・クニツィア(数学の博士号持ち)は、ともに数学をバックボーンに持つ
彼らのゲームは、数学的な工夫・配慮が行き届いていて、とても安心感がある

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Trajan (Stefan Feld,2011)

また、マック・ゲルツの本業はファイナンシャルプランナーだ
彼のほぼすべての代表作で、その経済に関してのノウハウ・素養が活かされている


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Navegador (M.Gerdts, 2010)

では、ラセルダはどうだろう
彼のどういった強みが活かされていた結果、この作品が作られたのだろう?
なんでこんな込み入った、わけのわからない様式に仕上げるのだろう?
ラセルダらしさとは何を指すのだろう?
そして何より、ここまでややこしいゲームが、世界的に広く受け入れられている理由とは?


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疑問②コンテクストからのズレ
また、別の大きな疑問がある

プレイしていて、ラセルダからゲームデザイン史の文脈をあまり感じないのだ

ある程度以上大きいサイズのゲームからは、ほぼ必ずデザイナー自身の前作や、先人の作品の影響を見てとることができる


ウヴェ・ローゼンベルグで言うなら、代表作のアグリコラ(2007)は、
・レーベンヘルツ(1997)=箱庭、自分の領地
・アンティクイティ(2004)=収穫の概念
・ケイラス(2005)=ワーカープレイスメント

から影響を受けている
さらに、「カードゲームに造詣が深いゲーマー」というローゼンベルグ自身の特性が統合して、あのかたちになった

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Antiquity(J. Doumen et al, 2004)

後継のカヴェルナ(2013)はアグリコラのヴァージョンアップ版だ
アグリコラのノウハウを基に短所を潰し、プレイアビリティを高めている
そしてカヴェルナに、同じローゼンベルグのパッチワーク(2014)を足すとオーディンの祝祭(2016)になる
オーディンの祝祭のワカプレシステムに、テラミスティカ(2012)の個人ボードを足すとバラージ(2019)が生まれる
そう、重ゲーを作る際は、ほぼ間違いなく先行作品で得られた知見・ノウハウが活かされている

ゲームデザインだけでなく、人間の営みは基本的にそうだ
「私が遠くまで見渡せるのは、巨人の肩の上に立っているから」
と言ったのはアイザック・ニュートン

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Standing on the shoulders of giants

ただ、既存の文脈から孤立・逸脱して、急に何かを始める事例もある
たとえばジョゼフ・メンデル
遺伝の法則を発見したが、死後20年経って再発見されるまで価値が認められなかった
あるいはアルフレッド・ウェゲナー
大陸移動説を提唱、死後60年以上経ってプレートテクトニクス理論が発展されるまで学会では無視された

上記の例は科学者だが、芸術家でもそういった、先人の影響を感じさせないレアケースはまれにある
建築家/発明家のバックミンスター・フラー
同時代の代表的な建築様式は採らず、かなりクレイジーでユニークな路線で活躍した
あるいは文学だとジェイムズ・ジョイス
19世紀末の時代性を感じさせない、オンリーワンの個性を持っている

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Geodesic Dome by Buckminster Fuller

筆者の第一印象として、ラセルダもこの手のタイプなのかな、と感じている
既存の枠組みを逸脱した、エキセントリックなタイプの作り手ではないか、と


本記事では、
「ラセルダは重量級ゲームの既存の文脈から距離を置いているタイプの、スタンドアローン型のデザイナーである」
と仮説を立て、それを検証していく
仮説が正しいのか、間違っているとすればどこがどのように誤っているのかを掘り下げる


【2】基本情報

①略歴
1967年生まれ、53歳
ポルトガルの首都のリスボン生まれ
マーケティング広告の学位を持っている
広告会社に15年勤めたのち、自分の広告会社を持って、5年間ディレクターを務める
2006年にフリーランスのグラフィックデザイナーに転身
ゲームデザインは、同人の「蒸気の時代:ポルトガル拡張」が2009年がデビュー作

②ファーストネームのヴィタルについて

ポルトガル語でワイン用のブドウで、おそらくラセルダの本名
筆者の調べた限り「ポルトガル人によくある名前」ってわけでもないみたい
正直よくわからないが、筆者は日本で言うこまちちゃん(日本語でお米の品種に良く用いる名前)くらいだと認識している

③代表作

2009 蒸気の時代:ポルトガル拡張
2010 ヴィニョス
2012 CO₂
2014 カンバン
2015 ギャラリスト
2017 リスボア/Lisboa
2019 エスケープ・プラン
2019 レイルウェイズ・オブ・ポルトガル
2019 オン・マーズ
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近影 写真はBGGより

―――
https://blog.tabletopia.com/vital-lacerda-interview/

2016年,テーブルトピアによるインタビューhttps://www.cardboardrepublic.com/articles/interviews/be-patient-an-interview-with-vital-lacerda
2017年,ジェンコンでのインタビュー
https://www.meeplemountain.com/interviews/interview-with-vital-lacerda-designer-extraordinaire/
2018年,ミープルマウンテンによるインタビュー
上記の3記事を基に再構成を行った
意訳・改変行っている


――――――

【3】インタビュー

(1)広告会社→ボードゲームのデザインに転身したきっかけは?

子どものころからゲームはプレイしていた
ルールを組み替えて自分で遊ぶこともやっていた
たとえばモノポリーを、ダイスをまったく用いずに遊ぶとかね
だから、ゲームデザインの素地はそのころからあったんだと思う
こういう職業に就くとはまったく思っていなかったけれど

広告会社では、アートディレクション部門で長年働いていた
ただ、ちょっと飽きたっていうのが正直なところだ
クライアントが、
「ラセルダさんの案なんだけど、リテイクで!
妻がイエローが好きだから
そこの部分、ブルーじゃなくてイエローにしてくんない?
ちゃちゃっともういっかい作ってよ」

みたいな
くだらない手合いの、クソみたいな要望
まったくしょうもない理由で、自分の専門性を費やして作ったものが改悪される
そういうのが大っ嫌いだった

元々ゲーマーの素地があったから、ゲーム業界への転身は、自分のなかでは自然だった
「広告業界からゲーム業界に」というのは、「一つの物を作る産業から、別な産業に移った」ってだけに過ぎない

(2)ゲームデザイナーに転身してから、最初の数年はどうでしたか?

まず、ヴィニョスを作るときは、「自分の国のポルトガルの産業をゲームで描写したい」と思ったのがきっかけだった
ポルトガルでいちばん大きな産業ってワイン生産だから

訳注:ワインは主力生産品の一つだが、コルクガシとコルクの生産もとても有名らしい
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とりあえずワインをテーマにやろうって決めて、それでヴィニョスを作った

幸運なことに、第1作のヴィニョス、そして2作目のCO2はある程度の成功を収めることができた

おかげでこの業界の扉を開けることができたように思っている
3作目からはパブリッシャーの方からコンタクトしてきて、ゲームを依頼されるようになったから
ゲームをデザインするのは楽しい
本当に好きだ

本当に幸運だと思うのは、ゲームデザインに時間のほとんどを割くことができていることだ
作ったゲームをプロモーションしたり、広告したりする方にリソースをほとんど割かなくてすんでいる

すごくやりやすい、本当にありがたいことだよ
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CO2(2012)


(3)ゲームデザインの工程で楽しい場面、ストレスを感じる場面を教えてください

楽しい場面は多いね
ゲーム制作はいろんな段階に分かれるけど、僕は以下の流れでやっている
テーマを調べ始める
・だんだんテーマがつかめてきて、ストーリーを構築できてくる
・テーマを基にメカニクスを組み上げる
・ゲームプレイで生じる問題を解決する
・ゲーム制作に携わる様々な人と会って連携する

上の工程のどれも楽しい

他の業種との連携についても、仕事柄アーティストと日常的に仕事し続けてきたのもあて、とても慣れているんだよ

ストレスフルなのは、そうだな、睡眠不足ななかで問題を解決しなきゃいけないとき
あともちろんルールライティ
ングもストレスでしかないね



(4)ゲームにおいてもっとも重要なことを3つ挙げるとすると?

・プレイヤーにとって挑戦的であり、やりごたえがあること
戦略性があること
運の要素が少ないこと



(5)ラセルダ作品は、テーマの幅がとても多様だと感じます
自動車製造、気象や環境、ワイン作りや芸術まで
テーマはどのように選んでいますか?
テーマをゲームに落とし込む際の工夫や、調べる方法などありますか?


テーマ
僕にとってボードゲームでいちばん重要な要素
ゲームはいつもテーマから作っていく
テーマは、自分がその時期にいちばん興味を持っているものを選んでいる

CO2を作ったのは地球温暖化に関心があったから
ヴィニョスはワインが好きだから
特にポルトガルワインには目がない
芸術が好きだ、だからギャラリストを作った
自動車も好き、厳密に言うと、その製造工程が好きなんだ
だからカンバンを作った

テーマについての調べ方だけど、それはテーマによるよね
基本的には、特別なことはしない
ネットを使う
実際に場所に行ってみる
本を読む

たとえばリスボアについてだけど、ゲームテーマのリスボンは僕の生まれ故郷
住んでいたわけだから、情報を得るのはとても簡単だった
歩いて行ける距離にすべてがある
リスボンの歴史についても小学校で習う
このゲームを作るうえでの情報のすべてを最初から持っていた

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Lisbon

(6)未プレイの方、まったく知らないかたにリスボアをご紹介いただけますか?
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リスボンでは1755年11月1日大地震が起こった
マグニチュード8.5-9.0
2万人が即死
のちの津波・大火の被害も合わせると5万人以上が亡くなった

リスボン大地震は、歴史的には1つの転換点とされている
そこで中世が終わって、近代が始まった
地震によって、リスボンの中世らしい都市風景が完全に失われてしまったんだ
失われる前のリスボンの持ち味は、狭く入り組んだ街路と、まったく整然としていない街並みだった

地震が起こった当日は諸聖人の日(All Saint’s Day)の朝9時だった
住民は教会にいた
教会だから、ろうそくを使っていた
おかげで地震のあとのリスボン大火は三日三晩続いた
さらにリスボンは港湾の都市だ
地震のあとには津波が来た

そういったことが重なって、1755年11月1日は、ポルトガル史に残る最も悲劇的な1日となった

ただ、悪いことだけでもなかった
当時の要人たちはリスボンを再建すると決定した
リスボン大地震は、史上初めて国家が都市再建の責任を負った災害でもあった
災害への対応の基準を作った事例ともいえる
そういう意味でも中世から近代への転換点的なイベントだった

都市設計の計画が公募された
「リスボンには再建するだけの有用性がないから、捨て置いた方が良い」という試算も当時あったが、幸運なことにその案は廃された
新生リスボンは、地震が起こる前の雑然とした込み入ったものではなく、きれいに区画整理され、より大きな都市となった

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これがボードゲーム「リスボア」のテーマだ
プレイヤーたちは1755年リスボン大地震から、都市を再建する
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Lisboa(2017)

余談だが、リスボアでは、アート担当のイアンのアートワークも冴えわたっている
「17世紀ポルトガルのスタイルで」と依頼し、ドンピシャなアートを仕上げてくれた


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17世紀ポルトガルの、カーペットスタイルのタイル
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アズレージョ(18世紀ポルトガル)



(7)ギャラリスト(2015)も、ギャラリー経営という一風変わったテーマが魅力です

背景についてお聞かせ願えますか?
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僕は美術史の修士の学位を持っている
だから「アートギャラリーを経営する」というテーマに行きつくのは自然なことだった


作っていて大変だったのは、ギャラリストっていくつか戦略があるゲームなんだけど、戦略間のバランスを取るのがいちばん大変だった



それと、ディベロップの途中で、できるだけアクション数を減らそうと考えた

最初は16アクションのゲームだったんだけど、最終形は8アクションとなった


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Gallerist(2015)



(8)カンバン(2014)では、具体的に何をやったかを教えてください

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まず、自動車製造のゲームを作りたいなって思った
自動車の歴史で最も有名なのは言ったらT型フォードだ
だからまず自動車王・ヘンリー・フォードを調べるところから始めた
その過程で、トヨタが躍進するきっかけとなったカンバンシステムの発明のことを知った
トヨタはフォードや米国のスーパーの食品管理システムを見て、ムダを廃し効率を追求するカンバンシステムを確立したんだ
1960年代当時、フォードの会社は大量のムダがあった
また、車のカラーも黒のT1しか選べなかった
そこで、彼らの会社はトヨタのカンバンシステムを逆輸入した
1つの工場に生産ラインを統合する
異なるモデルをムダなく、効率よく生産する

これは面白い、ゲームにしたいと感じ、それでカンバンは生まれた

カンバンは僕にとっていちばんのお気に入りのゲームでもあるから、「デラックスエディション」っていうかたちでもう一度出したいな、と思っている

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Kanban EV(2020)



(9)ラセルダの作品群で共通のものはありますか?また作品を経るごとに変化したものは?

・プレイヤーという存在を、ポーンの形でボード上に反映する
・いくつかの選択肢からやりたいアクションを実行する

そういう基本構造は共通だと思う
また「テーマから始めて、メカニクスをテーマにできるだけ近づけたい」
この制作スタイルも全作品共通だ
そして、ぱっと見は別個に見える全てのアクションが、実は背景でつながりあっている
これも共通の特徴と思われる

だからこそ、とても複雑で入り組んでいるように見える

(10)重ゲーのデザイナーとして名高いですが、軽いパーティゲームとかは作ろうと思わないですか?

軽いのは作っている
ドラゴンキーパー(2019、重さ1.43、20分級)を作っている
これは自分の末娘と一緒にデザインした作品だ
ちゃんとクレジットにも、カタリーナ・ラセルダの名前が入っているよ
ただ、軽いゲームを作るのにはやはり慣れていないから、正直作っていてけっこう困惑することは多かった
「この作り方で合ってるのかな、なんか間違ってるんじゃないか」
って

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Dragon Keepers(2019)


(11)アートがお好きとのことですが、もう少し詳しくお聞かせ願えますか?

アートが好きだ

また、さまざまなピースを散らすのも好きだ
「ゲームは人々を楽しませるためにある」と僕は考える
そして、あらゆる手段で楽しませるべきだとも思う
純粋なゲーム体験としての楽しさは当然として、
さらに、気分を良くするようなパーツ(mood piece)としてもゲームは機能するだろう

「食事は目で食べる」ということわざもあるように
ボードゲームは頭脳だけで遊ぶわけではない
コンポーネントの手触りだけでもダメだ
アートワークとグラフィックによって視覚に訴えかける、これがとても大きいと思う

そういった工夫があるからこそ、プレイヤーをテーマに熱中させることができる

ゲームの趣味として、僕は自分が本当に気に入ったゲームしかやらない性質なんだ
自分のゲームは気に入っていて、世に出したあとも繰り返し遊んでいるよ
僕のゲームのように、テーマとアートワークがしっかりしたものが好きだ
脳を刺激してくれる

逆にアートワークが弱い、無機質なゲームにはあまり惹かれない

 

(12)ラセルダとコンビを組むアートワーカーと言えば、イアン/Ian O'TooleIan O’Tooleです
イアンは、
・ヴィニョス:デラックスエディション
・ギャラリスト
・リスボア
・エスケーププラン
を手がけました
イアンとラセルダがコネクションを持ったきっかけは何でしたか?


イアンは元からボードゲーム産業でも描いているアーティストだった
かれこれ40年以上の付き合いになる
僕がボードゲーム業界に転身したときに彼の方から、
「何か僕にアートを任せたいゲームはないか」
とオファーがしてくれた
たまたま僕も、「ギャラリスト」の絵描きを探しているところだったから、頼んだ
満足のいくクオリティだったから、それ以降もよく頼ませてもらっている

イアンのデザインスタイルのどこに惹かれますか?

多才なところだ
アートに対してのビジョンもいい
僕がどういうものを作りたいかをぱしっと理解してくれる
アートワークだけじゃなくて、グラフィックデザインもできる
また、同じアプリケーション*で仕事しているから、アイディアのやりとりも容易だ
*画像編集ソフトか、ソーシャルサービスのことか、あるいはその両方だと思われる

僕にとって、アートワークは本当に重要だと感じる
ある意味テーマやメカニクス以上だと言ってもいいくらいだ
だから必ず、アーティストと直接やりとりをする

イアンはアイルランド人で、オーストラリアに住んでいる
日々の進捗を共有している
現行のものや、将来やるプロジェクトについても
次のゲームもイアンに頼むつもりだ

イアン×ラセルダコンビは今後も見れそうですか?
オン・マーズなど?


彼が望めば、基本的にはそうなると思う
僕にとって彼以上の適任は今のところ思いつかないから
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イアンはラセルダ以外とも組んでいる。写真はパイプライン(2019)


(13)オン・マーズについて教えてください

テーマは、火星入植の最初期の数十年だ
地球を離れたプレイヤーたちは、徐々に地球に依存しないシステムを確立していく
いくらか重たく、選択肢が多いゲームだ
テストプレイを見る限り、テスターの満足度は高く見える
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きたる最新作はウェザーマシンだとうかがっています
オン・マーズと異なり、プレイヤーは「対立する企業となり、気象をコントロールする発明をする」とうかがっています
ウェザーマシンの方の進捗はどうでしょう

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Weather Machine(2021)

そっちはまだまだだね
オン・マーズを出してから本格的に取り掛かると思う
アイディアは常に並行して2,3個あるけど、〆切は設けていないから

これまでの作品群のなかでもっとも成功したものは何ですか?
また、失敗だったと感じるものはありますか?
成功/失敗の定義については、商業的にでも、それ以外の意味ででも大丈夫です

今のところ、失敗だと感じる作品はない
出したものはどれも愛している
逆に、愛がないなら出さないよ
また「ゲームを定期的に出していかないと詰む」みたいなプレッシャーが多い環境にもいない
「これはいける」と確信したものだけを出せる環境にある
幸運でありがたいことだ
〆切に追われ続けるストレスっていうのも、前職の広告業界にはつきものだったから

成功作と言われると、まだ、「最大の成功」っていうのはパッと思いつかない
次の作品がそうなってくれれば嬉しいと、いつも祈っているよ

(14)キックスターターについてどう思いますか
このプラットフォームはプレイヤーとの関係性を変えつつあると考えますが、それについてどう感じますか


この業界での巨大な変革だと思うよ
キックのおかげで小規模パブリッシャーやデザイナーは、より大規模でクオリティの高い作品が出せるようになる
また大手パブリッシャーにとっても、バッカ―の数が何部刷るかを決める材料にできる
キックには業界内の企業を安定化させる力があると思う
ビジネスプランを立案して、実現させるまでの障壁を緩和してくれる
企業の健全な成長を後押ししてくれる

ただ、キック発の作品はめちゃくちゃ多いから、プレイヤーにとっては、それが必ずしも良いように作用しているとは限らない
自分に合った作品を選び取るのは、これまでよりより困難になりつつある

そういう弊害もある

キックもすごいけど、デザイナーである僕にとっては、テーブルトピアのようなオンラインシステムの方が画期的だったね


(15)テーブルトピアについて詳しくお聞かせ願えますか


テーブルトピアはオンラインボードゲームの最大手のプラットフォームだ
業界最大の発明だと思うよ

テーブルトピアがあるおかげで僕のファンに、本当に手軽にテストプレイしてもらえる
また、良好な関係を築くことができる

もちろん欠点がなくはない
・PCでしかできない
・ボイチャがついていない

・ログが録れない
・プログラミングできない

そういう要望がなくはない

ただ、それらを差し引いても、現行ではオンラインテストを望むデザイナーにとって、ベストなプラットフォームだと思う
他にもいくつか試したけれど、テーブルトピアほど有効に機能しなかった

操作が直感的で覚えやすいし、CPUの容量も食わないからスムーズで速い
とても高い性能だと思う

試作品を作るのもとても簡単だ

世界中からアクセスできるのも大きい
対面でのテストプレイは今後ももちろんなくならないと思うが、とても強力な選択肢となりうると思う


(16)最後に、
あなたのゲームを初めて遊ぶプレイヤーに伝えたいことは?


我慢強くあってほしい
僕のゲームは簡単じゃない
特にゲームの導入部、始めたばかりはとてもハードだと思う

でもプレイを終えて、「あ、気に入ったな、もう1回やりたいな」ともし思えたなら、それに応えるだけの懐がある
そういう度量の深さが僕の作品の魅力だよ
楽しく遊ぶのには、学習する必要がある
ゲームを理解する必要が
「楽しいな」と思えるようにきちんと回せるようになるまでに、かなり下準備を要するとは思う


それができないうちに、最初の1ゲームで投げ出してしまいかねないゲームだと思う
ただ、うちのゲームって高いじゃないですか
だから、さすがに1回遊んでやめちゃうってことはまれだと思う

僕がプレイヤーに提供しているのは良いものだと考えている
すごくたくさん選択肢があるから、やった結果どうなっていくのかは、初見だと見通せない
まず遊び方を学んで、何回かやっていくことで、とても楽しいゲーム体験を得られるようになる
そういう深みを味わってもらえると嬉しいよ

【4】翻訳後記

やや疲れたため、今回は手短に考察を行う
記事前半の疑問を再度列記する

ラセルダは重量級ゲームの既存の文脈から距離を置いているタイプの、スタンドアローン型のデザイナーなのだろうか
②彼のどういった強みが活かされていた結果、この作品が作られたのだろう?

③なんでこんな込み入った、わけのわからない様式に仕上げるのだろう?

ラセルダらしさとは何を指すのだろう?

⑤ここまでややこしいゲームが、世界的に広く受け入れられている理由とは?


1つ1つ見ていこう

ラセルダは重量級ゲームの既存の文脈から距離を置いているタイプの、スタンドアローン型のデザイナーなのだろうか
→この仮説はおおむね正しいだろう
インタビュー記事を3個まとめても、他デザイナーの作品についてはたった一度だけ、モノポリーにしか触れていない
これはちょっとふつうのことではない
既存のタイトルへの関心が、一般的なデザイナーに比してとても薄いのだと思われる

②彼のどういった強みが活かされていた結果、この作品が作られたのだろう?

→広告業界で15-20年きちんとコミットしてきたその経験だろう
デザイナー以外での経験が豊かで、ユニークであるほど、そのデザイナーならではの味が出ると筆者は推測する
やや脱線するが、村上龍の「13歳のハローワーク」という、15年前くらいにヒットした本がある
当時筆者はちょうど思春期で、作家になりたかったのだが、「作家になりたい君に」で以下のアドバイスがあった

「 『作家は人に残された最後の職業で、本当になろうと思えばいつでもなれるので、とりあえず今はほかのことに目を向けたほうがいいですよ』とアドバイスすべきだろう。医師から作家になった人、(中略)風俗嬢から作家になった人など、『作家への道』は作家の数だけバラエティがあるが、作家から政治家になった人がわずかにいるだけで、その逆はほとんどない。(中略)作家の条件とはただ1つ、社会に対し、あるいは特定の誰かに対し、伝える必要と価値のある情報を持っているかどうかだ。伝える必要と価値のある情報を持っていて、もう残された生き方は作家しかない、そう思ったときに、作家になればいい。」
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筆者は比較的真面目な学生だったので、上記内容を真に受けて、
「いったん作家にはならずに、別なことをしてみよう」
と進路を選んだのだが
この記述を今こうして振り返ると、村上龍自身が作家で、24歳の若さでデビューした身の上なので、自嘲・自戒も一部含まれているとも思う
ただ、わりと的確な内容だ
作家だけでなく、ボードゲームデザイナーにもある程度該当すると筆者は考える

ラセルダは、他の世界で得た何かをゲームデザインの世界に持ち込んでいる
ボードゲームの世界に持ち込む価値がある新しい何か、持ち込む必要がある重要な何かを彼は持っている、知っている
そういうデザイナーは強い
オリジナルの何かを持っているから
あるいはマーティン・ウォレスもそうだ
彼は英国史のマスターを持っていたはずだが、彼の作るゲームはやはり一味違う
まったくオリジナルの何かを持っているからこそ、にじみ出る魅力がある
「蒸気の時代」で一躍有名となったのが39歳時点なので、雑に切り分けるなら、40代デビューのラセルダと同じ遅咲き型のデザイナーに該当すると思われる
ちなみにM.ゲルツの「インペリアル」は44歳時点

ただ、遅咲きに優秀なデザイナーが多く見受けられるからと言って、逆が成り立つどうかはまた別だと捉えるのが自然だろう
「ゲームデザインの世界にあまりに若く足を踏み入れてしまうと、才能的枯渇が早かったり、テーマ的な深みに乏しい作品を作りがち」
と仮説を立てられないことはない
ただ、まあそうとも限らないと直感的に感じる
有名どころだと、ローゼンベルグ(27歳時「ボーナンザ」)やフリーゼ(31歳時「電力会社」)が比較的早咲き型のデザイナーと言えるのだろうか

③なんでこんな込み入った、わけのわからない様式に仕上げるのだろう?
④ラセルダらしさとは何を指すのだろう?
→インタビューを読んでも分からなかった
筆者はオン・マーズ以外未プレイなのだが、おそらくリスボア、ヴィニョス、ギャラリストを実際にやるなかで、
・作品群に共通するもの
・ラセルダの手癖

みたいなものが見えてくるのだろう
余談だが、オン・マーズについての単独レビューもこの記事を終えたあとに少し書いたが、新奇性がほぼなく公開に値しないため、今回はお蔵入りとなっている
なんにせよラセルダはオンリーワンの個性を持つ腕利きのデザイナーであり、筆者は強く敬意を抱いている
遠くないうちにラセルダ作品のレビューが上がると思われる

⑤ここまでややこしいゲームが、世界的に広く受け入れられている理由とは?
→これは筆者のなかでとてもはっきりした
マーケティングセルフブランディングの上手さだ
また脱線するのだが、筆者がとても好きなデザイナーの言に以下のようなものがある
「グルームヘイブンが人気なのは値段が高いから」
という仮説
「BGGランクトップを取り続けているのは、高い値段設定によるところもあるのでは
とても高くて、かつユニークなつくりのゲームだ
買う前からみんな分かっている
だから欲しい人しか買わない
そして、欲しい人にとっては最大の満足が得られるように仕上げている
買った人がほぼ間違いなく満足できるような構造になっている
逆に言うと、売り手が対象にしたい層ではない人は、最初から手に取らないようになっている
こういう構造にすると、必然悪いレビューが書かれにくい
もし仮に、半額の値段設定で、コンポーネントの質を多少落としたら、購買層は広がるが、満足度は落ちると思われる
そしたら、いくらゲームが良くてもBGGランクと人気は少し落ちてしまう」



ラセルダも同じ方針だ
・高価格
・コンポーネントの良さ
・最初からインサート内蔵
・イアンによる美麗なアートワーク
・めちゃくちゃな重さ

これらの全要素が、いわゆる「ラセルダブランド」の確立に寄与している
広告業での流儀が身にしみついているのだろう
「あなたは誰に向けて、何のために作るのか」を、常に徹底して意識しているのだと思われる

非常に巧妙で、的確で、強い
美しい戦略だと感じる

さらに掘り下げると、ラセルダブランドをもっとも好む顧客層は、キックスターターのメインユーザー
こういう言い方は失礼かもしれないが、ラセルダはキックの申し子と言ってしまっていいと筆者は捉えている

ラセルダの生産物は初期からキックに対しての適性があっただろうが、近年のラセルダはキックユーザーのニーズにより最適化するかたちで、進化・洗練してきている印象がある
明らかに前作「リスボア」よりも、最新作「オン・マーズ」の方がキッカーに刺さるガワをしている
筆者は宗教上の理由でキックはやれないのだけれど、それでも「オン・マーズ」や「カンバンEV」の支援ページを見ると、血が騒ぎ、欲望を掻き立てられるものがある


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